増茂 るるこさん
2025年9月6日、立川競輪場に甘い香りが立ちこめた。
現役のガールズケイリン1期生として活躍する増茂るるこさん (102期・33歳)が、ベビーカステラのキッチンカーを初出店。想定を超える大盛況で事前準備した生地があっとい
う間に無くなり、開店から間もなく完売。
現役選手として走り続けながら、ベビーカステラの店主としても新たな一歩を踏み出した増茂さん。その背景には、デュアルキャリアへの強い想いがありました。
――競輪選手になったきっかけは?
大学時代、立川競輪場でアルバイトをしていたんです。競輪のことは全く知らなかったんですが、ちょうどその頃、ガールズケイリン1期生の募集が始まって周りから「やってみれば?」と背中を押されました。中学・高校と部活に打ち込んできて、大学ではサークルで少しゆるい生活をしていたので、 正直「物足りなさ」があったんですよね。だから、せっかくのチャンスだし一度挑戦してみようと思いました。
――デビューから14年目になりますが、競輪の魅力はどんなところにありますか?
やっぱり「練習した分だけ自分に返ってくる」ところです。脚力や体力といった自分の体がエンジンなので、日頃の努力がそのまま結果に表れます。
逆に練習していないとすぐに結果に出てしまう。シンプルで厳しい世界ですが、そこが魅力ですね。
――これまでのキャリアで特に印象に残っているレースは?
実は一走一走が必死すぎて「このレースが一番」と選ぶのは難しいんです。ただ、やっぱり地元の立川で決勝に乗れたときは嬉しかったですね。応援してくれる人たちの前で走れるのは格別です。
――キッチンカーを始めようと思った理由を教えてください。
10年目、30歳を迎えたときに、「このまま競輪一本で行くのか、それとも次を…」と考えるようになりました。選手なら誰でも一度は悩むことだと思います。で、それがちょっとずつしんどくなってて、じゃあもう辞めようかなと思って師匠に「競輪を辞めます」と伝えたんです。師匠は厳しい方なので「辞めろ」と言われると思っていましたが、意外にも「やりたいことが見つかるまでしっかり競輪を頑張ってやったらいい」と言ってもらえて。
本当に救われましたし、それが大きな後押しになりました。
それから「自分は何が好きなんだろう?」と考えたとき、真っ先に浮かんだのが「食べること」。特にベビーカステラが大好きで(笑)。でもお祭りや屋台以外ではあまり食べられないし、専門店も少ない。だったら「自分で作ればいい」と思ったんです。
――本格的に準備を始めたのはいつ頃ですか?
師匠の言葉を受けてから少しずつ動き始めました。大阪まで機材を買いに行って、焼き方を教えてもらったり。調理の経験はなかったので、本当にゼロからのスタートです。
“冷めても美味しく食べられるように”と粉や卵、水の配合を何度も試しました。国産の粉を使うとぐっと味が良くなることがわかり、甘味は小さい子どもでも安心して食べられるよう蜂蜜は使わず、砂糖も白砂糖ではなく三温糖に。工夫を重ね続け、しばらくはお昼ごはんがベビーカステラとプロテイン、なんて日もありました(笑)。
――初出店の日、立川競輪場の様子はどうでしたか?
もう、本当に想像以上でした! 公式で大きく宣伝したわけではなく、私の個人アカウントでちょっと告知した程度だったんです。でも仲間やファンがSNSで拡散してくれて。当日は行列ができて、あっという間に売り切れ。お花やお祝いの電報もたくさんいただいて、感謝の気持ちでいっぱいでし
た。
何より嬉しかったのは「競輪選手だから」ではなく「味が美味しいから買いに来た」と言っていただけたことです。これは一人の作り手として認めてもらえたようで、本当に胸に残りました。
——練習とキッチンカーの準備、どのように両立しているのですか?
これまで私は基本的に1週間ごとに練習スケジュールを立て、練習中心の生活でした。「この曜日は休み」「午前は筋力トレーニング」「午後は競輪場で自転車」など、2部練をベースにスケジュールを組んでいました。
ただ、キッチンカーを始めてからは少し調整が必要になりそうです。練習を細かく組めないこともありますが、そのぶん朝練を取り入れたり、夕方の時間を活用したりしようと考えています。競輪は比較的時間を自由に使える競技なので、その強みを活かして両立していきたいです。短い時間でも集中して練習することで、競技と新しい挑戦を両立できるよう試行錯誤していきます。
——デュアルキャリアについて、どう考えていますか?
以前は「競輪一本で」と思っていました。実際、「競輪一本でやれよ」という声もありましたし、私自身もそういう考え方をしていました。競輪は車券がかかっているので「それだけを考えなきゃ」と思い込んでいたんです。
でも今は「人生は競輪だけじゃない」と考えるようになりました。第二の人生や、もう一つの軸を持つことは決して悪いことではないと思います。若い選手は社会経験がないままデビューする人も多いので、30代になると不安を感じることもあるはずです。
実際 私もそうでしたが、将来に対して迷いがあると練習やレースにも集中できなくなってしまいます。だからこそ 「もう一つの軸」を持つことは、現役生活を全力で走り切るためにも大事だと思っています。そんなときに「こういう道もある」と示せる存在でありたいです。競輪だけに思いつめるのではなく、自分らしい理由で頑張れる選手が増えてほしいと思います。
—今後の展望を教えてください。
まずはこのベビーカステラをしっかり軌道に乗せたいです。その上で、立川のスポーツイベントや地域のお祭りなど、いろんな場所に出店してみたいですね。競輪の仲間や他競技のアスリートとも交流しながら、「プロの選手でもこういう挑戦ができる」とSNSで発信していきたいです。
――周囲の反応はいかがでしたか?
本当にありがたいことに、仲間やファンが大きな力になってくれました。公式SNSに取り上げてもらったり、同期や後輩から声をかけてもらったり….泣けるくらい嬉しかったです。私は一人では何もできない人間なので、これまでも周りに支えられながら進んできました。これからは、その優しさに少しでも恩返しをしていきたいです。
声はそんなに大きくないので張り上げることはできませんが、本当は「ありがとう」と叫びたいくらいの気持ちです。キッチンカーを始めてから、改めて周囲の優しさや温かさが身に染みています。最初は「辞めます」と師匠に伝えたほどだったのに、今は心から「辞めないでよかった」と思えます。むしろ、この優しさや温かさから離れたくない、と感じるほどです。
――最後に、現役選手やこれから競輪を目指す人へのメッセージをお願いします。
競輪を頑張る理由は人それぞれでいいと思います。旅行に行きたいからでも、欲しいものがあるからでもいい。私自身、真面目に「練習しなきゃ」と思いすぎて苦しくなったこともありました。だからこそ「自分は何のために競輪をやっているのか」を忘れないでほしい。楽しむ気持ちを持って、長く続けてほしいですね。
最初は「辞めたい」と師匠に伝えたほどだった彼女が、今は「辞めないでよかった」と笑顔で言える。その背景には、競輪と新しい挑戦を支えてくれる仲間やファンの存在があります。
ベビーカステラの甘い香りとともに広がった“ありがとうの気持ちは、増茂さん自身を改めて競輪へと結び付けました。
「自分らしい理由で競輪を続けていい」その姿勢は、迷いを抱える現役選手たちへの力強いメッセージにもなっていると感じます。
自転車とキッチンカー。そのどちらの走りも、Tキャリはこれからも応援していきます。
増茂るるこさん プロフィール
2012年7月1日デビュー(東京・102期)
★現役女子競輪選手(L級1班)
★東京都出身
★ホームバンク:立川競輪場
★師匠:佐久間仙行さん(62期)
★通算成績151勝 優勝15回(2025年9月10日現在)
★店名:ベビーカステラる。