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大怪我も糧に変えるスーパーポジティブな生き方

岩田 明久さん

現:役員送迎会社 元:競輪/57期

1986年5月にデビューし、2012年12月まで実に26年8か月にわたり競輪選手として走り続けた岩田明久さん (愛知県・57期)。
通算379勝と輝かしい実績を残してきました。引退後は役員送迎のお仕事で、お客様から信頼されるドライバーとして活躍されています。今回は、現役時代の思い出から引退のきっかけ、そして第二のキャリアへの想いを伺いました。

――競輪選手を目指したきっかけは?

小学生の時に観た自転車で旅をする番組に映っていた輝く車輪に憧れ、中学生の時に新聞配達でお金を貯めてサイクリング車を購入しました。この頃から自転車競技に興味が湧き、地元で一番自転車競技の実績がある中京高校への進学をしました。競輪選手を意識しだしたのは高校の部活に入ってか らです。

――選手になるまでは?

どうせ選手になるなら強い選手になりたい!と努力しました。おかげで3年生の時に出場した東海大会では20数年破られることのない記録を出すことができました。また、海外遠征も経験できました。その後の進学は競技実績から早稲田大学の推薦もいただけるほどでしたが、自転車競技をすることで家 計に負担をかけていたので、早く一人で生計が立てられるように競輪選手の試験を迷わず受けました。

――選手生活は?

25歳の5月、練習中の落車でちょっと大きい怪我をしたんですよ。急性ヘルニアと診断されてレントゲンを見ましたが、腰椎がグリッと動いてたんです。先生から「あんた笑っとるけど、これは本当にうちどころ悪かったら半身不随だよ。ちょっと大人しくしいや」って言われて、そこからはベッド生活を送りました。怪我の治りは急性なので早かったです。でも、復帰して走れるかって言ったら走れる状態ではなかったんですけど、とりあえず本数だけは走らなきゃなと思って走りには行きました。最初の頃の結果はボロボロでしたけど。練習すればするほど、左足の感覚が悪くなっていくので、 結局バランスのいいところで抑える練習しかできませんでした。それでも20数年、競輪選手として続けられたことは誇りに思っています。

――怪我をされて何か意識に変化はありましたか?

それまでは賞金が入れば入るだけ使ってましたが、心を入れ替えていつ辞めても困らないように一から資産運用をやり直しました。早い時に、ちょっと大きい怪我とか病気っていうのは、考えを一新させてくれますね。

――引退のきっかけは?

退職金の減額や年金の廃止などの話があがり、お金についての交渉が3月に行われるはずだったんですけど、3.11に震災が起こり、それどころじゃなくなりました。業界の売上も落ちて、その時に潮時なのかなと考えはじめました。

――引退後の生活設計?

考えなきゃいけないことなんですけど、考えてなかったですね。2足のわらじとか話を聞きますが、そういうタイプではなかったので。

写真左:インタビュアー / 右:岩田明久さん
――起業と就職の選択について

ものすごい流行っとる地元の中華料理屋さんに「後を継いでくれんか」って、30代後半に言われたんですけど、まだまだ選手として活躍していたので、後を継ぐイメージがわきませんでした。引退後は安定した収入が得られる就職を選択しました。上昇指向はちょっと少ないような気がしますけど、ちょっと燃え尽きていましたから。

――引退後すぐに現在の職場に就職しましたか?

2年半ぐらいサテライト名古屋の警備をやってました。

——転職したきっかけは?

55期の山崎 俊光さんに「セーフティ」の仕事を教えてもらい 「僕もお願いします」って紹介して頂きました。

——お仕事内容を教えてください。

仕事内容は、上場企業の支社長の専属ドライバーをやっています。A地点からB地点へ行くのに決められた時間で計算通りに行くことが求められます。
ベテランになると決められた時間が12分であったら、計算通りに行くことができるようになります。
現在は、元競輪選手が30名以上働いていますが、当時は元競輪選手として3人目の入社でした。その後に関根幸夫さん(59期)が入社されてから、爆発的に元競輪選手の入社が多くなりました。

——ルートを計算して、時間通りの12分で行くのは凄いですね

時間通りに運行することは当然ですが、本社社長やゲストが同乗する時には、A地点からB地点へただ行くだけじゃなくて、ちょっと時間が余ってるん だったら、最新の物件が見えるルート回る。そうすると、支社長も察して最新の物件の話題をゲストにしていただけるなど、支社長との阿吽の呼吸で 運行したりします。

——運行で気を付けていることはありますか?

運転のプロと言われるタクシーは沢山のお客様を乗せてなんぼっていう感じなので、運転が雑になりがちだと思います。僕らは一人のゲストに快適な空間を提供したいので、会議で疲れていそうでしたら、とにかく休んでいただく、車内で書類作成しているときは酔わないように運転します。

——気遣いを自然にやられるんですね。

競輪選手の方でしたら、みんな順応能力の高さや判断力が身についているので出来ると思います。

——お仕事のご苦労はありますか?

緊急対応は大変ですね。事故で渋滞しているのが分かれば、すぐに最寄りの駅から電車の時間を調べて、今だったら電車で帰ると次のアポに間に合いますっていうのを提案します。

——最後に後輩たちにアドバイスをお願いします!

走れるときはとにかくしっかり走って、後はオンオフも必要ですね。よく練習して、趣味などの時間を楽しむといいですよ。僕は旅行とスポーツが好きで、家族とスキーや登山を楽しんでいました。引退後は妻と一緒にバイクや自転車で台湾を巡る旅をしています。あとは活字を読む癖つけて本を読 んでください。最初は小説でもいいのです。本を読むといろんな知識が入ると思います。ネットで簡単に調べるのではなく、いろいろ読んで調べるっていう気持ちが大事なのでアンテナを張って、いろいろな知識を吸収してください。

インタビューを終えて

「大きな怪我も新たな第一歩」と語るその言葉に、競輪選手の皆様が持つ底知れぬ強さを改めて感じました。競輪という厳しい競技を経験されたとは思えないほど物腰が柔らかく、人懐っこい笑顔は天性の優しさからくるものなのでしょう。お話を伺っていると、自然と心が穏やかになりました。
小学生の頃、自転車に魅せられた気持ちをそのまま持ち続け、26年間競輪選手として走り続けてこられた岩田さん。今もなお自転車で台湾を旅するなど、心から自転車を愛し、人生を謳歌するそのお姿に深い感銘を受けました。
これからも、お客様に安心と信頼を届けるドライバーとしてご活躍されることを心より願っています。そして、ご夫婦仲良く、これからも楽しい旅の物語を紡いでいってください。

岩田明久さん プロフィール

1986年5月10日デビュー57期
★現役生活26年 通算成績379勝
2012年12月11日に惜しまれつつ引退
現在は「株式会社セーフティ」 勤務

掲載日:2025年10月3日
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