育児も勉強も競輪も。自分らしく“走り続ける”という選択
“またここで走れるんだ”――。産休明け、ゴールを越えた瞬間にあふれた思い。
現役競輪選手であり2児の母。行政書士と海事代理士の資格も持つ田口梓乃(たぐち しの)さん・102期。
多忙な日々の中でも、自分らしく走り続ける田口さんにお話をうかがいました。
▼競輪選手を目指したきっかけは?
きっかけは競輪選手だった父からのひと言です。高校3年生の進路希望調査で悩んでいたら、父が「女子競輪が始まるらしいよ」と話してくれて、体を動かすことが好きだったので、やってみようと思いました。でも、その父が「お前には無理だよ」って、最初は反対してたんですよ。それでも”1日100キロを走り込む”という父から課せられた課題をこなしていたら、折れてくれたのか「本気でやるなら、私の師匠に見てもらいなさい」と言ってくれて、父の師匠に弟子入りすることになりました。
▼この競技のやりがい、魅力は?
やっぱり一番のやりがいは、勝ったときです!
あと、調子がいいと、走ってる最中に展開が読めるようになることがあって、「この人こう動くかな」とかが感覚的にわかるんです。
それが実際にハマったとき、「やったな!」って達成感があります。その感覚が出せるのって、しっかり練習ができていて自信があるときだけですけど。そこが私の強みでもあるし、逆にそれができなくなったら、もう選手としては続けられないかもって思います。
▼デビューから現在までで価値観に変化はありましたか?
デビューした頃は、勝ちたい、大きなレースで優勝したいという思いが強かったです。でも、結婚して子どもが生まれてからは、「長く選手でいたい」という気持ちに変わっていきました。
▼選手としての自分らしさは?
選手として一番意識しているのは、「脚で勝てないなら、頭で勝つ」ということ。
競輪学校に入ったときは、タイムで勝ちたいと思っていました。でも加瀬さんや上位選手との差が大きくて、自分の立ち位置がすぐにわかりました。
私のいいところは「諦めのよさ」と「要領のよさ」だと思っていて。競輪ってタイムだけじゃなくて戦法でも勝てるんですよ。脚で勝てなくても、頭で勝つ。状況を判断して、戦い方で勝負する。たまに考えすぎて動けなくなるときもあるんですけど(笑)。
▼選手生活で特に印象に残っている出来事は?
産休明けの一番最初のレースで走りきり、ゴールした時の感情や光景は、今でも鮮明に覚えています。″あぁ集団でレースができた!また選手として走れる!この場所に戻ってこれた!復帰できた!”という何とも言えない気持ち。その時の気持ちは今でもずっと残ってます。優勝した時よりも嬉しかったです。
▼産休の期間は?
私は1年位の産休でした。今は2 年前後ですかね。長くて3年です。結婚して子どもも欲しいけど、休んでいたら収入がなくなってしまうので、生活に不安を持っている選手もいます。私自身もその不安を感じた一人で、同じような立場の選手が安心して産休を取って復帰できるように、選手会にも掛け合って制度を整えてもらっています。
▼復帰に向けて練習を再開した時の心境は?
絶対、復帰は無理だと思いました。何からしていいんだろう?体力もないし、自転車も乗れないし、何から手を付けたらいいんだろう⁉ってわからなくなってしまって。初心に戻って、100キロの乗り込みから再スタートしました。
▼復帰へのプレッシャーはありましたか?
以前の女子競輪は、結婚や出産で選手が辞めてしまい、女子競輪そのものがなくなったと聞いていました。
だから、もし私が産後に復帰して結果を出せなかったら、「やっぱり女子は競輪を続けられないんだな」と思われてしまうかもしれない。そんなふうに思われたくなかったし、なにより、私はまだ選手として走りたかった。
すごく緊張していたし、責任も感じていました。でも、自分がその前例になれるならという思いでしたね。
▼復帰にあたり、旦那様からのアドバイスや支えは?
競輪のアドバイスより、やっぱり家のことが気になるので、「競輪は自分で何とかするから」と、家のバックアップをお願いしました。
▼復帰に向けて、ご家族や周囲の方々の支えで印象的だったエピソードがあれば教えてください。
やっぱり母の存在がすごい多く大きいです。出産前に″子どもと離れたくない、斡旋で母親がいないのに子どもはちゃんと育つのか?寂しい思いさせてしまうのではないか”と、いろいろ考えてたら、母が「やるだけやってみればいいじゃん、自分が頑張ってる姿を子どもが見てたら、寂しい思いをするかもしれないけど、子どもも頑張ろうと思えるから。でも、中途半端なことするならやめなさい、やりたいって思って後々後悔するぐらいだったらやってみて、それでダメだったら辞めればいいんだから、あとはサポートするから大丈夫だよ」っていう言葉で、踏ん切りがつき、復帰を決心しました。やっぱりお母さんってすごいなぁって思います。
▼子育て、競輪の両立は?
やっぱり子どもがメインの生活なので、その合間に練習したりしています。一人目の時は母や祖父母に頼んでいましたが、子どもたちも学校に通うようになったので、斡旋の日程を調整してもらったりしています。でも、夏休みや土日はやっぱり、母に1日だけお願いをする事もあります。
▼普段の練習はどうされていますか?
仕事がない日やレース前は練習優先で午前中に練習をします。仕事や家族の用事などがある時は午前中に済ませ、午後からのスキマ時間で自宅で練習をしています。
その時の優先順位を決めて優先すべきことは午前中にするようにしています。
▼子育て、競輪の両立で特に大変なことがあれば教えてください
あんまり大変だとは思っていなくて。ただ疲れが取れにくくなりました。若いころにやってた練習がこなせないかなというのはあるんですけど、元々練習をそんなにするタイプじゃなかったので。精神的には斡旋に出ると一人の時間ができるので、リセットの時間にもなっています。
▼子育て、競輪との両立の中で行政書士の資格を取ったのはなぜ?
レースで転んで初めて骨折し、手術したんです。転ぶことはありましたが骨折をして手術をすることは初めてでした。後々、その時に子どもがすごい泣いてたと聞かされて、今回は大事に至らなかったけど、今後、命を落とすだとか、そこまで行かなくても選手が続けられなくなった場合や主人も競輪選手なので二人とも働けなくなる可能性もある。どうやって子どもを養っていけばいいんだろうと、競輪選手を夫に持つ母に相談したら「じゃあ。勉強しんさい」と言われて。最初は宅建とかいろいろ考えたんですが、行政書士の資格を持っている母に「行政書士の資格を取ったらなんとかなるから」って勧められて決めました。その流れで海事代理士の資格も取りました。
▼勉強の方法や時間は?
レースがあると通学が難しいため、通信講座を利用しました。まずは1日1時間毎日勉強をする習慣をつけるところから始めました。斡旋の前には講義をいくつか聞いて、行ってる間に過去問を解くというインプットとアウトプットの繰り返し。ちょうどコロナの時期だったので、斡旋先の宿舎もホテルの一人部屋が多く、集中することができ助かりました。
▼合格する!というモチベーションはどうやって保ちましたか?
YouTubeで予備校の合格者体験記にある"こうやって勉強しました!ここが難しかったです!”とかを観て、「よし、じゃあ私もやろう!」って思うことが多かったです。結構、周りの環境から刺激をもらって自分の気持ちを高めることが多いかもしれないです。
▼現在、行政書士の仕事のペースは?
母の行政書士受験生時代からの先生に「本業の競輪を優先していいから、うちで勉強しない?」と声かけてもらい、行けるときに広島の事務所に行って勉強しながら実務も教えてもらっています。
▼競輪、行政書士のお仕事の両立は?
性格上、一つのことだけに没頭することが苦手なので、いろんなことをやっている今のスタイルが合っているんです。今は競輪を頑張る時間、今度は勉強しよう、今日は子どもと楽しむ時間・・・って、楽しみなことがいっぱい!それがあるから、選手もここまで続けられていると思います。
▼今後の目標や夢はありますか?
悔いなく選手をやり切って引退したい。そのために、今は競輪を楽しく続けていきたいです。今は競輪メインで頑張って、その後は行政書士や海事代理士として上手にシフトしていきたいなと思っています。
▼ご自身の経験を通じて、後輩選手やこれから競輪選手を目指す方に向けてぜひアドバイスをお願いします。
選手を目指すなら絶対に選手になって、経験してほしい!私自身の経験から言えるのは、選手になっても他の夢や目標を諦める必要はないということ。競輪選手って本当にすごい仕事だから、自身を持って、是非目指してほしいですね!
インタビューを終えて
資格を通じて“競輪の外”の世界に触れたことで、かえって「もっと長く、楽しく競輪を続けたい」と思えるようになった――。
田口さんの言葉には、競技を続けるために“競技だけにこだわらない”という柔軟な視点と、しなやかな強さがありました。
「脚で勝てなくても、頭で勝つ」。
自分のできること・できないことを冷静に見極め、前向きに、そして柔軟に努力を重ねる姿は、まさに“頭脳派競輪選手”。
印象的だったのは、「モチベーションは他の人の成功体験からもらう」という言葉。
他人の頑張りを素直に自分の力に変えられる田口さんの姿勢にも、大きな刺激を受けました。
これからも、田口さんが自分らしいスタイルで競輪と士業のデュアルキャリアで走り続けていくことを、心から応援しています。
田口梓乃さん
2012年7月6日デビュー102期
★通算成績34勝
・現役競輪選手
・二児の母
・海事代理士
・行政書士
掲載日:2025年6月10日
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