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「この仕事、競輪より向いてたんですよ」
50代で見つけた、“支える側”としての新しい人生

篠田 宗克さん

鍼灸マッサージ師 競輪選手/65期

競輪選手会の指導員として選手の育成に携わる一方、訪問マッサージ・鍼灸治療院を開業し、鍼灸マッサージ師として多くの患者さんの身体と向き合っている元競輪選手・篠田宗克さん(65期)にお話を伺いました。
すると見えてきたのは、「50代から国家資格を取得した元競輪選手」という肩書きだけでは語れない、“人生を自分で切り拓いてきた人”の姿でした。

――競輪選手を目指したきっかけを教えてください。

同じ地域に利根川勇さん(32期)っていう有名な競輪選手がいたんですよ。小学校の頃からその人たちを見ながら育ってました。
高校までは野球をやってたんですけど、引退した時にその利根川さんから「自転車やらないか?」って声をかけられて。
その時は「競輪選手になりたい!」って強く思ってたわけじゃないんですけど、今思えば運命みたいなものだったんでしょうね。
そこから決めるまでは早かったです。「お願いします」って門を叩くまで1週間くらいだったと思います。

――初めて自転車に乗った時は怖くなかったですか?

いや、楽しかったですね。
野球って人数多いじゃないですか。でも競輪はマンツーマンで見てもらえる。その新鮮さが嬉しかったです。
「野球より向いてるな」って思いましたね。

――現役時代、一番印象に残っていることは何ですか?

滝澤正光さん(43期・日本競輪選手養成所 元所長)と同じレースを走れたことですね。
しかも滝澤さんが俺の後ろを走ったんですよ。
自分の成績よりも、「あの滝澤さんと一緒に走れた」っていうことの方が思い出として強いですね。

あと、憧れてた鈴木誠さん(55期)を相手に、中割りで先着して初優勝したレースも印象に残ってます。
憧れてた選手を相手に、自分が憧れてた走り方で勝てた。あれは嬉しかったですね。

――引退後について考え始めたのはいつ頃でしたか?

50代に入って、「あと数年かな」って思い始めてました。
でも、次の仕事を考えた時に、50過ぎてると本当に仕事がないんですよ。
競輪選手って競輪しかやってこなかったから、「これはやばいな」って思いましたね。

――そこから鍼灸・マッサージの道へ進まれたんですね。

そうですね。
先にこの世界に入っていた競輪の先輩である佐藤晃三さん(61期)とたまたま会って、「マッサージ興味ねえのか?」って言われたんです。
その時は「やられる方ならいいけど、やる方は全く興味ありません」って言ったんですよ(笑)

でも実際に施術を受けながら話を聞いてみたら、訪問診療っていう仕事があることを知って。
国家資格を取れば、自力で治療院へ来られないお年寄りのところへ行って施術ができる。
それを聞いた時に、「これだ」と思いました。

施術が終わった瞬間には、「面倒見てください」って言ってましたね。

篠田さんが実際に使用されているお灸セット。
道具ひとつひとつについても、丁寧に扱われている様子が伝わってきました。

――50代で学生になることに不安はありませんでしたか?

もちろん、普通に考えたら大変ですよ。
3年間学生やるんですよ。家庭を持ってる男が。
学費や生活費を入れたら500〜600万円はかかる世界ですし。

でも、実際は「バラ色の3年間」でした。

毎朝5時に起きて学校行く前に勉強して、授業も一回も寝たことなかったです。
選手として自分の感覚で分かってたことが、医学として頭に入ってくるんですよ。
「なんでそうなるのか」が分かるのが本当に面白かったです。

――学校から帰ってきてからは下積みもされていたそうですね。

スポーツクラブのリラクゼーション施設で働かせてもらってました。
夜10時くらいに駐車場を歩きながら、「この歳で下積みできるんだなぁ」って思ってましたね。

普通は“今さら下積み”って思うのかもしれないですけど、僕は嬉しかったんですよ。

――どうしてそこまで前向きに取り組めたんでしょうか。

資格を取った後の自分のイメージができてたんですよ。
だから、「今何をやるべきか」が分かってた。

競輪って、生まれ持った身体能力でどうしたって勝てない相手がいるんです。
でもこの仕事は違う。

経験とか、人を見る力とか、積み重ねが武器になる。
だから「負ける要素があんまりないな」って思いました。

—「この仕事、競輪より向いてた」とおっしゃっていましたね。

そうなんですよ。
競輪も野球より向いてたと思うんですけど、この仕事は競輪より向いてた。

今になって、自分に一番向いてる仕事を見つけた感じですね。

――実際に施術をされる時、大事にしていることは何ですか?

「明るく迎え、満足させて帰す!」です。
治療業だけど、接客業なんですよ。

初めて来る人って、不安だったり緊張してたりするじゃないですか。
だからまずは安心してもらう。
その人の“心の鍵”がどこにあるのか探しながらやってます。

「見た目も心地よく感じてもらいたいんですよね」と話す篠田さん。
ロールスクリーンの奥には、洗濯機や乾燥機が隠されていました。

――訪問診療では、どんな方を診られているんですか?

歩けない方や、自力で治療院に来られない方が中心ですね。
自由診療はギャンブルみたいな部分もありますけど、訪問診療は必要としてくれる方がいる。

「腕が上がらないんです」って来た方が、帰る頃には「髪の毛乾かせます!」って笑ってくれたりするんですよ。
そういう瞬間はやっぱり嬉しいですね。

訪問施術の患者さんへ、次回の施術予定日を書いてお渡ししているそう。

――現在は競輪選手会の指導員もされています。

はい。辞める前から、指導員はやろうと思ってました。
タイミングも含めて、ある程度は考えてましたね。

若い選手を見ると、「あぁ、昔の自分だな」って思うこともありますよ。

ただ、聞く気ない時に何言っても入っていかないんですよね(笑)
だから、本当に必要な時に伝えるようにしてます。

――最後に、セカンドキャリアに悩んでいるアスリートへメッセージをお願いします。

競輪しかやってこなかった自分でも、こうやって新しい仕事を見つけられましたからね。

最初は不安もありましたよ。
でも、話を聞いて「面白そうだな」って思ったんです。

だから、もし「これだ」って思えるものに出会ったなら、一回やってみてもいいんじゃないですかね。

実際、自分もこの仕事は競輪より向いてたなって今は思ってます。

「患者さんに少しでも心地よく過ごしてもらいたい」と、換気や空気の流れまで細かく確認されていた篠田さん。
施術だけでなく、空間づくりへのこだわりも印象的でした。
インタビューを終えて

印象的だったのは、篠田さんが終始とても自然体だったことでした。

「バラ色の3年間」や、「この歳で下積みできる嬉しさ」という言葉からも分かるように、50代からの挑戦をどこか楽しんでいるようにも感じました。

また、競輪との出会いも、鍼灸の世界へ進むきっかけも、“人との縁”から始まっていました。

そして、「これだ」と思った瞬間に迷わず飛び込む行動力。
その先の自分をしっかり思い描ける強さも、篠田さんらしさなのかもしれません。

競輪選手、指導員、そして治療家。
“これだ”と思った道へ迷わず進んできた篠田さんの姿が、とても印象に残る取材となりました。

Tキャリ事務局一同、篠田さんの今後のご活躍を心より願っております。

篠田宗克さん プロフィール

1990年4月7日デビュー(千葉・65期)
★現役生活33年 通算成績352勝
2022年2月10日に惜しまれつつ引退
現在は千葉県にて「ここま在宅マッサージ鍼灸&施術所」を開業

掲載日:2026年5月29日
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