STORY

トップ > キャリアストーリー > 野村 政明さん

新しい挑戦を楽しむ――
元競輪選手が55歳から始めた「介護」のセカンドキャリア

野村 政明さん

介護福祉士 競輪選手/59期

「せっかくだから、新しいことにチャレンジしていきたい」
20歳で競輪選手としてデビューし、約21年間にわたってプロの世界で走り続けた野村政明さん。
41歳で現役を引退した後は、兄が営む運送会社の役員として約10年間勤務。そして55歳で、まったく異なる介護の世界へ飛び込みました。
現在は介護福祉士として、デイケアセンターしらゆりの里 北名古屋で介護職員として働いています。
競輪選手時代の自分は「中途半端だった」と当時を振り返る野村さん。
しかし、その言葉の奥には、環境の大切さや仲間の存在、そして新しいことに挑戦し続ける姿勢がありました。

※本特集では便宜上、アスリートの現役引退後のキャリアを「セカンドキャリア」と表現しています。今回紹介するキャリアは厳密には「サードキャリア」にあたりますが、特集の趣旨に合わせて「セカンドキャリア」として紹介させていただきます。

――競輪選手を目指したきっかけを教えてください。

中学まではスポーツなどやっていなかったんですけど、高校の時に何か部活に入らなければいけなくて・・
だったら、見たこともない競技を一から始めたほうがいいんじゃないかと思ったんです。それで自転車競技部に入部することにしました。自転車なら通学でも乗っていましたしね(笑)
きっかけは、大会で勝てるようになったからですかね。その先のステップとして競輪選手を目指すようになりました。
みんなで切磋琢磨しながら頑張った結果、全国大会にも出場できたし、競輪選手になった同級生が4人、ひとつ下にも2人いるんですよ!

――現役時代の「武器(戦術)」は?

いわゆる自力というより、臨機応変に走るタイプでした。今振り返ると、「中途半端だった」と思います(笑)
当時は、練習姿を人に見せないことを美学としているような先輩も多くて、「自分で考えろ」的な雰囲気もありました。
のちに神山雄一郎選手たちが出てきた頃に、ローラー台を使ったり、アップをしたり、一生懸命トレーニングするような時代になっていったんですが、そこに乗り遅れてしまった感はありますね。

――現役時代、苦しかったことは?

デビュー戦で落車したことは苦い思い出ですが・・
一番苦しかったのは、「誰に教えてもらえばいいのかわからない」という環境でしょうか。
私の時代は、師匠がいなくても選手になれたんです。デビューしてから、どこで練習すればいいのかもよくわからない。デビュー戦で落車した時も、自転車をどこで直せばいいのかわからないような状態でした。
今思えば、周りに道しるべになってくれる人やサポートしてくれる人がいることは本当に大事だなと思います。
練習環境もそうです。ホームバンクの一宮では、練習する人が2、3人しかいなくて・・
一方で、名古屋競輪場にはたくさんの選手が集まって練習していました。
「環境って大事だな」というのは、現役を終えた今だからこそ強く感じます。

――その経験から、現役時代のご自身にアドバイスするとしたら?

「環境のいいところに行け」ですね。
練習量も、人によって合う・合わないがあります。乗り込みが好きな人もいれば、スピードを磨きたい人もいる。
自分に合った練習をしている先輩のところへ行ったり、新しいトレーニングを取り入れたり、自分に合った環境を見つけることが大切だと言いたいですね。
あとは、メンタルトレーニングも必要だってことですかね。

――引退を決意したきっかけは?

兄が運送会社を買うことになったのがきっかけです。会社が2つになるので、「1つやってみないか」と言われて、 私は家電配送、テレビや冷蔵庫などの運送を担当することになったんです。
もちろん、競輪への未練はありました。まだ41歳だったので、もう少し続けられたかもしれません。
ただ、兄の会社を手伝うという話があり、自分の選手生活も終わりに向かっているのを感じていたタイミングだったので、そこで引退を決めました。
サラリーマンで安定している分、嫁さんは喜んでいましたしね(笑)

――運送会社を続けるという選択肢もあったと思います。

新型コロナの影響で人手不足や燃料費の上昇に加え、将来的な残業の問題などがあり、運送業を続けていくことは簡単ではありませんでした。
兄も、息子たちが会社を継がないという話になっていて、将来的に厳しいだろうということで、事業をやめることになりました。
兄は今、みかん農家やってますよ(笑)

――55歳から介護職に転職した理由は?

55歳から仕事を探すというのは、正直かなりハードルが高かったです。 ハローワークに行って、自分でもいろいろ調べましたが、経験がない状態で正社員の仕事を探すのは簡単ではありません。
その中で出会ったのが介護でした。
介護なら世の中の役にも立つ。さらに、65歳まで働ける会社も多かったので、「あと10年できればいいかな」と思ったんです。
競輪選手の時も、10年続ければ一人前という感じだったので、まずは10年やってみよう、と。
最初は介護に対して、「大変な仕事」というイメージもありました。おむつ交換などもありますし、老人ホームのような施設を想像すると、皆さんかなり大変そうに感じますよね。 でも、私が働いているデイケアは、通いでいろんなイベントや半日コースの体操をやったりする場所なので、「これなら自分にもできるんじゃないか」と思ったことが、決め手になりました。

――デイケアでは、どのようなことをされていますか?

デイケアは、病気やケガなどで入院した方が、退院後に在宅で生活しながらリハビリをするために通う場所です。 長く通っている方もいて、施設が開業した頃から約20年ずっと通っている方もいらっしゃいますよ。
身体は、動かさなければ少しずつ動かなくなっていきます。
だから、ここに来て体を動かすことが大切なんです、私はそのお手伝いをしています。
具体的には、入浴介助、トイレ、食事、見守り、送迎、記録などを担当しています。
<ある1日の流れ>――――――
07:30 送迎
10:00 入浴介助
12:00 昼休憩
13:00 レクリエーション
15:00 おやつ
15:30 帰りの会
16:00 送迎
18:00 退社
―――――――――――――――
スポーツをやってきた人間として、この仕事は自分に向いているんじゃないかなと思っています。
後輩にも自信を持って薦めたいですね!

――介護の仕事で、やりがいを感じるのはどんな時ですか?

やっぱり、喜ばれる仕事だという点ですね。 必要とされている仕事ですし、コミュニケーションも大切です。
利用者さんと会話をしたり、その方の状態を見ながら接したりすることが必要ですから、介護はAIに取って代わられない仕事だと思います。
「今日は来てよかった」と思ってもらえるような時間をつくることで、やりがいを感じますし、励みにもなっています。

――資格取得にも積極的に挑戦されていますね。

ハローワークの「ハロートレーニング」で介護職員初任者研修を取得して、今の職場に就職しました。 その後、実務経験を積みながら実務者研修を受け、介護福祉士の試験に挑戦しました。
働きながら勉強するのは大変でした。 試験に落ちたらどうしよう、という気持ちもありましたし、試験にもお金がかかりますけど、合格すれば、資格手当が付きますので「(来年の自分より)今が一番若いんだから、今やろう」と自分に言い聞かせて、必死に勉強しました。
なんとか1発で介護福祉士の国家資格を取得することができたので、その次に認知症について学ぶ研修(認知症介護者実践研修)にも挑戦しました。
認知症を理解することで、相手の行動を「なぜそんなことをするんだろう」と思うのではなく、「こういう状態なんだ」と理解できるようになります。
これは、利用者さんのためだけではなく、自分自身が安心して介護をするためにも大切な学びだと思っています。

――競輪選手時代の経験が、今の仕事に役立っていると感じますか?

競輪(スポーツ)をやってきた経験は、介護でも活かせると思います。
肩書は話しのネタにもなりますが、それだけじゃなく体力もありますし、人とのコミュニケーションも大切です。
競輪選手は、レースの中で状況を見て判断し、臨機応変に対応することが求められます。
介護の仕事でも、利用者さん一人ひとり状態が違いますから、「この人にはどう接するか」と考える必要があります。
そういう意味では、競技生活で身につけたものが役立っていると思います。

――介護の仕事は、どんな人に向いていると思いますか?

まず、コミュニケーションが取れる人。 もちろん、スポーツをやっていた人にも向いていると思います。
プロのアスリートなら体力もありますし、介護の仕事は働く場所も多いので、「自分に合わなかったら辞めればいい」くらいの気持ちで、一度飛び込んでみてもいいんじゃないかなと思います。
介護福祉士の資格を取った後は、上のケアマネジャー資格を目指して、いろいろな施設を経験することでさらに仕事の幅も広がっていきますので、おススメです。

――野村さんにとって「セカンドキャリア」とは?

新たなる挑戦、ですね。
競輪を辞めたからといって、これまでの経験の近くにある仕事だけを選ぶ必要はないと思っています。
せっかくなら、新しいことにチャレンジしたい。もちろん、(成功する)保証のないところに飛び込むのは大変です。
でも、競輪選手になること自体、もともと保証のない挑戦だったわけですから。
だから、アスリートには新しいことにも挑戦できる力があると思います。

――今後の目標を教えてください。

まずは、ケアマネジャーを目指したいですね。
そして、(定年後)将来的には自分で介護施設を開業することも考えています。 就職という安定した道もあるとは思うんですが、でもやってみたいと思えることがあるなら、夢を持って進んでいきたいですね。
「夢を見なきゃ、もったいない」ですから――

――最後に若い世代や悩めるアスリートにむけて、メッセージをお願いします。

競技をやっている間は、どうしても競技のことだけになってしまうと思います。私自身もそうでした。
でも、引退してから仕事を探すと、「自分には何ができるんだろう」と考えることになります。
だから、できるなら現役のうちから、いろいろなことを調べておいたほうがいいと思います。
資格でもいいし、興味のある仕事でもいい、実際にやってみないと自分に合うかどうかはわかりません。
私も55歳から介護に飛び込みましたが、4年目になって、ようやく仕事に慣れてきたと感じています。
「石の上にも3年」と言いますが、何か新しいことを始めたら、まずは続けてみる。
そして、自分に合わなければ、また次を考えればいい。
新しいことに挑戦するのは、何歳からでも遅くないと思います。

インタビューを終えて

「自分は中途半端だった」と、現役時代を振り返る野村さん。
しかし、お話を伺うほどに、その言葉とは裏腹に、野村さんのキャリアには一貫した「挑戦する姿勢」があることに気づかされました。
「今が一番若いから」
そう考えて資格試験に挑んだという野村さんの言葉には、年齢を理由に可能性を閉ざさない強さがありました。
競技人生を終えた後も、人生のレースは続いていきます。
「夢を見なきゃ、もったいない」
野村さんのセカンドキャリアは、そんな前向きなメッセージを私たちに届けてくれました。
介護職についてもっと詳しく知りたい、職場体験したい、そう思われましたら、野村さんがご相談に乗ってくださいますので、ぜひTキャリ事務局までお気軽にご連絡ください。

野村 政明さんプロフィール

介護福祉士/元競輪選手(愛知・59期)
1987年5月 20歳で大宮競輪場にてデビュー
2008年7月 41歳で引退(選手生活 21年2か月)
通算167勝、優勝14回

引退後は兄が営む運送会社で約10年間勤務。
その後、55歳で介護職へ転職。
ハロートレーニングを通じて介護職員初任者研修を取得。
現在は介護福祉士(国家資格)として、デイケアセンターしらゆりの里 北名古屋に勤務。

デイケアセンターしらゆりの里 北名古屋 ↗
掲載日:2026年9月14日
Page Top