大久保 光浩さん
落車での怪我、震災、そしてコロナ。
一見、試練のように思える出来事を、大久保光浩さん (51期・62歳)は「全部、つながっているんですよ」と笑顔で振り返ります。
「競輪選手として走り続けた日々も、7年間の空白も、そして今、整体師として人の体と向き合う毎日も。
そこには、「考えすぎず、自然に流れていけばいい」という大久保さんの変わらない哲学がありました。
――まず、競輪選手を目指したきっかけを教えてください。
もともと横浜・鶴見の出身で、家の近くに花月園と川崎の競輪場があったんです。父が理容店をやっていて、よく私を連れて競輪場に行っていました。子どものころは選手になりたいなんて思っていなかったんですが、福島県棚倉町に引っ越して、中学3年のときにたまたまインターハイのロードレースのゴール地点が地元だったんです。それを見て「自転車っていいな」と感じて、父に相談したのが始まりですね。
父は「プロゴルファーという道もあるぞ」と言ってくれて、体験もさせてもらったんですが、どうしても自転車がやりたくて(笑)。そのまま高校の自転車部に入り、1年の秋には県大会で優勝。インターハイでも3位になって、現役で競輪学校に合格しました。
――選手時代で特に印象に残っているレースは?
勝ったレースより、落車したレースですね。平開催の優勝戦で、本命をもらっていたのに落車して失格になったんです。お客さんにもすごく怒られましたし、自分でも悔しくて。でも、不思議なことに、そのとき入院した病院で、のちに結婚する妻と出会ったんですよ。
あの落車がなければ今の家族はいません。違う人生を歩んでいたかもしれない。だから、あの瞬間も意味があったと思っています。落車はつらい経験だけど、今となっては運命的な出来事でした。
やっぱり「全部つながってる」ということですね。いいことも悪いことも、後で振り返れば意味がある。だからこそ、あまり考えすぎずに、今をちゃんと生きようと思っています。
――引退を決めたきっかけを教えてください。
次男が競輪選手を目指したんです。自分と同じように中3のときでした。それで「一緒に練習を見てやろう」と思ったのが大きいですね。あとは、当時は貸金もどんどん下がっていて、年金制度や退職金がなくなるという話も出ていた時期でした。危険な思いをしてまで、これを続ける意味はあるの
か…..と考えるようになって。
43歳でスパッと辞めました。未練はなかったです。むしろ 「もう十分やった」と思えた。
――引退後すぐに仕事を始めたわけではなかったんですね。
はい。7年間、何もしませんでした(笑)。ゴルフばかりしてましたね。アパート収入もありましたし、家族も仕事をしていたので、特に困ることもなくて。
でも、2011年の東日本大震災で状況が一変しました。
福島に住んでいたので、放射能の話とか、日常が一気に変わってしまって。そのとき初めて「このままでいいのか」と考えました。人生で一番考えたのが、あの時期です。
趣味でゴルフをしていたときに出会った歯医者の友人に、「自分の経歴を生かせる仕事をしたらいい」と言われたんです。その一言でスイッチが入りました。最初は介護施設で働いてみたんですが、どうしても自分の場所じゃないなと感じて。群馬で整体をしていた元選手の先輩を訪ねたら、「まず店舗で働いてみたら?」と。そこで接客や料金システム、予約の仕組みなどを一通り学びました。
——整体の仕事で、競輪選手時代の経験が活きていると感じる場面はありますか?
たくさんありますね。競輪選手は疲労の取り方を熟知してるんです。ウォーミングアップやクールダウン、リカバリーの重要性を肌でわかっている。
それが今の施術の考え方の土台になっています。
肩こりや腰痛も、結局は体の使い方のクセや血流、筋膜の状態が関係している。だから私は痛みを取るより体の仕組みを整えることに重点を置いています。お客さんが本気で自分の体と向き合いたいと思えるように導く、それが仕事です。
——今の生活については、どんなふうに感じていますか?
最高ですよ(笑)。定休日は決めていません。お客さんがいないときは自転車に乗ったり、DIYをしたり。庭も全部自分で作りました。
もう売上のために働くという感覚はないですね。60を過ぎたら自分のやりたいように生きると決めていたので。
競輪選手のときも、整体師の今も、結局は「好きなことを、好きなようにやる」だけなんです。
委ねているわけじゃないんですよ。
「何も考えない時間をつくる」んです。
考えすぎると、自分の本心が見えなくなってしまう。だからこそ、あえて空白をつくる。そうすると、自然とやるべきことが見えてくるんです。
――最後に、セカンドキャリアを考える現役選手へメッセージをお願いします。
焦らなくていいと思います。
人生って、ちゃんと流れていくものなんですよ。無理に答えを出そうとしなくても、自分が本気で好きなこと、やりたいことをやっていれば、自然とつながっていく。
私も競輪を辞めて7年間なにもしていなかったけど、あの時間があったから今がある。だからこそ、 「考えない勇気」も大事なんです。
――「焦らなくていい。人生って、ちゃんと流れていくものなんですよ。」
そう言って笑う大久保さんの表情は、どこか肩の力が抜けていて穏やかな感じがしました。
競輪で落車した日も、何もしていなかった7年間も、すべては今へとつながっています。
「考えない勇気」を持てば、きっと人生はもう少し優しくなる――そう思わせてくれる時間でした。
大久保さんのこれからのご活躍を、Tキャリは心から応援しています。
大久保光浩さん プロフィール
1983年4月21日 競輪選手デビュー(福島・51期)
★現役生活23年 通算成績132勝
2006年8月25日に惜しまれつつ引退
現在は東京都台東区にて整体院「新おかちま筋膜整体院」を開業