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小さな体で掴んだ夢、その先へ。
服部正博さんが歩んだ競輪と新たな人生

服部 正博さん

自転車安全整備士 競輪選手/91期

2017年の怪我をきっかけに引退を考え始め、次のステージに進むため2021年に引退を決意。セカンドキャリアは不安を抱きながらも自転車安全整備士の道を選択。
素敵な笑顔で、お客様の安心・安全のために活躍されている元競輪選手の服部正博(はっとりまさひろ)さん(91期)にお話をうかがいました。

――競輪選手を目指したきっかけは?

僕の父はいわゆる昔気質な厳格な父で、僕の進路についても「大学を出て良い企業に就職することが当たり前」と考えていた父でした。そんな父でしたが 競輪だけは特別で競輪選手には一目置いていました。中学の時に父と一緒に行った競輪で、初めて見た競輪選手のスピードに圧倒され、その格好良さに感動しました。そこから、競輪選手に憧れ、是が非でも競輪選手になりたい!と決意しました。父からは「お前は体が小さいから、死に物狂いで練習をしないと競輪選手にはなれない」と言われましたが、絶対選手になる!と決意し目指しました。

――師匠との出会いは?

高校は自転車競技の強い千葉経済大学附属高等学校に入学し、自転車競技部に入部。在学中に競輪学校(現:養成所)を受験しましたが落ちてしまった。「あぁ、だらしないなぁ」と思ったし、純粋に「どうやってプロの選手になるんだろう?師匠探しのアプローチの仕方は?」と悩みました。でも、ありがたいことに自転車競技部の顧問の先生が、まだ師匠が決まってない僕のことを気にかけていてくれて、利根川勇さん(32期)を紹介してくれました。利根川さんの弟子になっていた同級生の田中晴基君(90期)の後押しもあり 「じゃあ明日から見てやるから来い」って、弟子入りさせていただきました。

――師匠との思い出は?

弟子入りした初日に「晴基から聞いていたほどダッシュも良くないし、なんか強いイメージがない。お前も自信があるっていう割には弱いな」って、はっきり言われ、それなりにあった自信もプロには通用しないっていうことを痛感しました。
でも、師匠の教え方と相性が良く、すぐに練習の成果を出せて「おまえは練習をする度に伸びるな。お前は天才だ」と褒めてもらって、怒られたことはほとんどありません。

――道場の練習は?

実力がないと早朝練習(街道練習)に参加ができないため、最初の一か月間は早朝練習に参加できるように死に物狂いで頑張りました。早朝練習に参加ができるようになると、タイムも縮められるようになりました。兄弟子や道場に練習にきていた競輪選手にはお世話になりました。利根川道場は師匠の人柄が反映されていて、厳しさの中にも温かみのある方ばかりでした。僕も競輪選手になったら後輩たちに同じ背中が見せられるようにと思いました。
そして、人としての強さや考え方も学ばせていただきました。兄弟子の中でも一番迷惑をかけて、それでも面倒を見てくれた石毛克幸さん(84期)は、雨の中の一次試験についてきてくれて合格するまで本当にお世話になりました。

――競輪選手時代の思い出は?

デビュー当時は、燃え尽き症候群っぽくなってしまいました。選手になれた安堵感かな(笑)
一番嬉しかったことは大宮競輪場の東日本発祥倉茂記念杯で、僕が自転車のセッティングに苦労していたら、岩手の佐藤友和選手(88期)が声をかけてくださり、セッティングを手伝ってくれました。そして、僕のレースを見ていてくれて「正直、そんなに体に恵まれていないのに良い先行するよね。一緒に走ってみたいなと思ってたんだよ」って言ってもらえました。憧れていた雲の上の人だったのでミーハー丸出しでお話をさせていただきました(笑) 一番の思い出は、平塚のA級で優勝したときのことです。小さな女の子が「服部さん、頑張って!」って応援してくれて、その子の顔を見たら、「優勝できそうな気がする」と感じ、実際に優勝することができました!レース後に嬉しくて、その子にサングラスをプレゼントしたのですが、そのことが縁になり、以降、土日に家族と一緒に小田原や平塚、川崎に来てくれるようになりました。その子の声援と笑顔を見ると、いつも一着が取れて、本当に力をもらいました。ただ、逆に言えば土日は「やばい、ちゃんと仕上げておかないと」とプレッシャーもありました(笑)

――引退を決意したきっかけは?

顔面骨折ですかね。大宮の最終日に顔から滑ってしまいました。擦り傷ぐらいか?と思って触ってみたら、頬がブヨブヨして陥没していたので折れていると思った。病院の検査で骨折以外の異常はないが「次に同じ箇所をやった場合は、正直、命の保証はできないし、命が助かっても重い後遺症が残ってしまう可能性があるので現役復帰に関しては、医者として『ご引退を考えてください』とお伝えします」と引退を考えるように言われました。
でも、そんな言葉を振り切り一か月後に復帰をしました。
しかし、自分で思っていたよりも怪我のダメージは大きく、自宅で立ち上がろうとしただけでも意識を失って倒れてしまうこともありました。復帰して4年目、このまま押し通せば現役を続けられる自信がありましたが、夫として、親として、早死にして置いていっちゃうっていうのは一番無責任だなって思ったんです。だから、今のエネルギーをちゃんと次につなげる余裕があるうちにって考えるようになりました。
あとは全力でレースができなければ、応援してくれているファンに悪いと思いました。

――セカンドキャリアは起業と就職で悩みましたか?

僕は就職しか頭になかったです。あんまり自分でなんかするっていうのは考えなかったですね。僕が起業しても妻がもらっている同等の給与を確保できるかな?って疑問もありましたし。今、ここまで物価が上がるなんて3年前は思ってなかったけど、あの時に就職を選んで本当に良かったなと思います。

――就職先はどうやって探しましたか?

昔からお世話になっていた白岩支部長(埼玉)に相談に行きました。そうしたら「カインズに一緒に行こうか」と、カインズの本社に同行してくれました。カインズで対応してくれた人事部の方が「朝霞店ができたばかりで人手不足なので、どうですか?」と勧められました。後日、朝霞店で面接をしていただいて「一般社会で働いたことがないので、とにかく精一杯頑張りますので宜しくお願いします」って気持ちを伝えることが精一杯だったので、採用していただいたときは本当に嬉しかったです。

――カインズ時代のお話を聞かせてください。

2年半勤務したカインズ時代を振り返ると、自転車安全整備士の資格取得から接客業まで、多くの貴重な経験をさせていただきました。採用していただいて感謝しています。
カインズにはOB選手たちがたくさん働いていて、再度繋がりを持つことができて嬉しかったし、楽しかったです。また、OB選手たちのおかげでカインズからの競輪選手への信頼を獲得していて、セカンドキャリアの就職場所を確保してくれています。

――『じてんしゃ屋KENchan』に転職したきっかけは?

妻が「息子が好きそうな自転車があるお店を見つけたよ」と言うので、軽い気持ちで向かい 「ちょっとヒヤカシですけど、いいですか?」って入ったんですけど、辻社長が嫌な顔もせずに「いいですよ」って快く対応してくれて。そして、世間話から今の自分の現状まで話をさせていただいたところ、辻社長が「じゃあ一緒にやらない」って声をかけてくれたんですよね。その時、ちょうど「自転車安全整備士」の試験が控えていたので、折角声をかけて いただいたなら、ちゃんと資格を取得してからと思い、一度保留にしてもらいました。できれば受かって返事できるようにと、試験に全力を注ぎ合格することができました。後日、合格報告と共に「前回いただいた入社のお話を考えているのでよろしくお願いいたします」と転職の意思を伝えました。

――この仕事のやりがいは?

お客様に笑顔で「ありがとう」って言われることに尽きます! お客様に購入時のアドバイスやご要望に沿った修理ができて「ありがとう」と言ってもらえると本当に嬉しいですね。特に修理したときに気付いてもらえるか? もらえないか分からない事を「こそっと」やって、後で気付いて会いに来てくれたり、リピートしてくれると幸せだなと思いますよね。
これ以上のやりがいはありません! これからも、日々、辻社長のもとで学び成長して、お客様に応えられるサービスを提供していきます。

◆辻社長より一言

すごい頑張ってやってもらっています。本人は社会経験がないことを気にしていますが、それは、これから培っていけるものだと思います。それよりも「一般の人が持ってない貴重な経験が武器だから自信持って」って、いつも話をしています。競輪選手の勝負勘だとか、ひたむきに努力する力はすごいと思うんです。でも、プロスポーツ選手って、ぶっ飛んでるところがあるなぁとも思うんですけど(笑) 競輪選手のセカンドキャリアについて服部くんから聞いていますが、就職先を探している方がいれば、ぜひ紹介してください。服部君と知り合って競輪選手ってすごい信頼できるなと思っているので。よろしくお願いします。

――『じてんしゃ屋KENchan』の魅力は?

『じてんしゃ屋KENchan』は、蓮田店・白岡店・大宮公園店があるんですけど、メンバーが明るく気さくで話しやすいです。なおかつ、お客様の提案に関して些細なことでも望み通りにお答えする努力をしていて「無理です」は言わない「なんとかなると思うんで頑張ります!」という姿勢が『じてんしゃ屋KENchan』の魅力です。でも、安心安全の部分は譲れないですけど!
また、僕が提案して採用してもらった 【自転車洗浄プラン】はお客様に喜んでもらい、リピートしてもらっています!選手時代に安全のため自転車を常に綺麗にしていた経験から発案して採用してもらいました。

――競輪選手時代の経験が役に立っていることは?

役に立つ一方で、足を引っ張っているんじゃないか?って心配していることは自転車に対して妥協できない!ことです。
目が肥えちゃってるんですよね。例えば塗装が一箇所剥がれていると、その部分から始まって隅々まで見だして、キリがなくなっちゃって(笑)
でも、修理のときにそういう厳しい目で見て、お客様の安心と安全につながると思うと役に立っています。
いろいろなところで自分たちが試される部分もあるのかなと思うと、やっぱそれに恥じないような仕事をしなくちゃいけないし、競輪選手時代に培ったひたむきさは武器だと思います。

――最後にこれからセカンドキャリアを考える後輩たちへアドバイスをお願いします。

一番危機感を持ってほしいのは「明日も普通の自分でいられるのか!?」ということです。病気、怪我、不慮の事故、自分が気をつけてたって何が起こるか分からないじゃないですか、だから、❝今は大丈夫だから❞じゃなくて、いつどの瞬間に辞めざるを得ないことになっても、ある程度の選択肢、もしくは視野を広く持って準備をしておいてほしいです。若さとか関係なしに興味を持った瞬間、危機感を持った瞬間からでもいいと思うので、本当にちょっとしたことでもいいので、いろんなことに興味を持って調べてみてください。そしたら、そこから何かが見えてくると思うんです。競輪選手って、うまくやれば時間とお金は使えるものが多いと思うんです。でも、資格を取ったから必ずその道に行かなくてもよくて、それ以外に興味が沸いて、やっぱそっちにしようでもいいと思うし、そうやって欲張っていいんじゃないかな。
話は別ですけど、日本トーターさんが競輪選手に配っているセカンドキャリアのパンフレットに資格の紹介があります。この中の「自転車安全整備士/自転車技士」は、うちの『じてんしゃ屋KENchan』で何かサポートできることがあるかもしれません。資格取得を考えているときはお声がけください。

インタビューを終えて

服部さんの笑顔に、新たな人生 (セカンドキャリア)の輝きを見た気がしました。『じてんしゃ屋KENchan』に勤務し、お客様の大切な自転車を整備する姿はまさに職人そのもの。お客様から「ありがとう」と言われる瞬間が何よりの喜びと語る服部さん。
現役中、平塚競輪場で出会った勝利の女神(女の子)のお話は服部さんの人柄が垣間見えたようで印象的でした。競輪選手時代の絶え間ない努力や大きな怪我など、すべてが、今の仕事に溶け込んでいるのだと感じました。服部さんの話を聞きながら、人生の転機を乗り越える勇気をもらった気がします。
服部さんの前向きな姿勢は、きっと多くの人の心に響くはずです。この先も、多くの人に喜ばれ、愛される自転車屋さんとしてのご活躍を願っています。

服部正博さん プロフィール

2006年7月15日デビュー(91期)
★現役生活15年 通算成績273勝
2021年4月19日に惜しまれつつ引退
現在は埼玉県の『じてんしゃ屋KENchan 蓮田店』に勤務

掲載日:2024年8月6日
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