田代 真太郎さん
今回お話を伺ったのは、元競輪選手の田代真太郎(たしろしんたろう)さん(83期)。ご自身が通われていた飲食店で修業を積み、その後お店を引き継がれました。さまざまな出来事を経て繁盛店となった背景には、どのような歩みがあったのか――そのお話を伺いました。
――まずは、選手時代の思い出をお聞かせください。
突き詰めてというよりは、何でも楽しむ性格なので、選手時代はストレスなく楽しませていただいた感じですね。追い込み屋になるというよりは、自分でレースを作り、自分がレースを動かしていくスタイルでした。下の方でしたけど(笑)
大きな怪我もなく、他の先輩方も言うように楽しかったです。ただ、自分が本命のレースを落とした時はがっくりもしましたし、期待してくれたお客様に申し訳ない思いもしました。そんな時のヤジは本当に怖かった記憶があります。
自分は選手になるまでが大変だったんですよ。7回目でやっと受かったので。高校時代に群馬に住んでいて自転車を始め、競輪選手になれば自分の頑張り次第で高収入が得られるという話を聞き、プロを目指すようになりました。当時、自転車部に指導に来てくださっていた方に道場で練習している話を伺い、「自分もプロを目指したいので」と、安中道場に入れていただきました。
道場には井上貴照さん(68期)、小林潤二さん(75期)、亀井さん、大河原さん兄弟がいらっしゃいました。道場は師匠に付くという形ではなく、皆で一緒に練習をしてプロを目指すような環境でした。しかし、腰を壊してしまって…。
その後、縁あって木部さんに弟子入りすることになったのと、父親から「次の5回目で落ちたら俺の管理下でやれよ」と言われていたこともあり、静岡に移り、弟子入りして2回目で受かることができました。
なんだか選手になることが最終ゴールみたいな感覚になっていて、合格した時は本当に人生最良の喜びでした。
――引退後のセカンドキャリアを考え始めた時期は?
先ほども話しましたが、選手になるまでが長かったので、もしかしたら選手になれないかもしれないと常に思っていて、競輪選手になれなかった時は、自分には何ができるのか、何になれるのだろうと考えていましたね。
選手になれた時点でも、生涯やり続けることができるとは思っていなかったので、やりきったと思えるまでやり、タイミングが来たら違うことをやると決めていました。だから最初は稼いで、なんとか次の職業に向けて準備しようと思っていたんですよ。
お金を貯めて…と思っていたのですが、結局、選手時代には一銭も残らなかったですけど(笑)
――引退を決意したきっかけは?
選手時代に店を始めていたんですけど、レース中に手の甲を骨折してしまい、フライパンが持てなくなってしまって、このままやっていてまた怪我をしたら…と考えるようになりました。
でも、苦労して選手になったので最後までやりきりたいという思いと、両親に苦労をかけて選手になったのに申し訳ないという思いが強くありました。
辞めるにしても自分一人だけの問題じゃないと思っていたのですが、母から「もうこれ(競輪)しかできないという、カツカツの状態になるまでやるのではなく、体力的にも余力があるうちに、少しでも余力を残していくのも手だよ」と言われ、その言葉が響いて、代謝(引退)の後押しになりました。
また、周りの選手は生活のすべてをかけて100%でレースに臨んでいるのに、自分はダブルワークでやっていることは失礼だなと思い、代謝を決意しました。
それにしても、1年か1年半後にはクビになっていたと思いますけどね(笑)
――セカンドキャリアを飲食店に決めたのは?
もともと料理が好きで、好きなことを職業にできたらなぁ、喫茶店ができたらいいなぁと思っていました。
偶然入ったここの「すばげてい屋」のスパゲティが美味しくて、このスパゲッティを喫茶店で出せたらいいなぁって思ったんです。
でも、知人に「喫茶店だけでは食べていけないよ」と言われて、喫茶店だけではやっていけないけれど、ここのスパゲッティを同じように作りたい、自分の店を持ちたいと思うようになりました。
そして、初代の方に「選手をやめたら教えていただいてもいいですか」とお話ししたところ、「いつでもいいよ。でも選手としてやり切ったと思えるまでやるんだよ」と言われ、いつかどんな形かは分からないけれど、この店の味を引き継ごうと決めました。
――どんな経緯でお店を始めましたか?
賞金がどんどん下がっていって、同じように走っていても稼ぎがどんどん下がっていく、1年ごとに下がっていくという時期に、先々代から「真太郎さん、いま選手の方はどうですか? 4代目が店を辞めようとしていますけど、今そっくりお店が空きますよ」と連絡をもらいました。
やり方によっては選手も店もできるかもしれない、ダブルワークで収入が増えるならと思い、安易だったかもしれないけど始めましたね。
――開店後のご苦労は?
もともとあるお店で知名度もあり、自分が一から考えるメニューではないので、先代たちと同じように作りさえすれば、そのままお客様もついてきてくれて、収入も上がっていくのかなと思っていました。オープンも話題に上り、順調にスタートできました。
しかし、2ヶ月目・3ヶ月目と売上が落ちていき、夜はお客様が入らない日々が続き、選手を辞めなければ良かったかなとか、初代と同じようにやっているのに…と、さまざまな不安が出てきました。
知人からも「飲食業は、この先が見えないと思ったらスパッと手を引かないと、傷口が広がるだけだよ。飲食業は1〜2年しか続かないこともザラだから」と言われましたし。
でも、競輪と同じで「チャンスを得るのは日頃の研鑽だ」、というのは分かっていたので、腐らずに初代に味を確認していただきながら、初代を超える味を出したいという思いで日々研鑽していました。
その中で、「これならお客様が食べた時に、絶対に初代の時のようにお客様がついてくれる」と思える、確信と自信の持てるソースを作ることができました。
ですので、お客様が入らない時にこの時間を過ごせたことが今につながっているので、苦労ではありましたが、苦労だけではないですね。この日々がなかったら、元競輪選手が始めたという噂だけの店になり、潰れていたと思います。競輪選手になるまでの根性が、ここに活かされたと思います。
――「清水区の奇跡」とは
あとは、お客様に食べていただけるチャンスができれば…というタイミングで、「清水区すばげてい屋の奇跡」と言われているドラマが起こるんです。
それは、清水エスパルスに所属していたチョン・テセ(鄭大世)氏(元プロサッカー選手)が、練習に行く途中に店の前を通りかかったことから始まりました。
うちの店は駐車場がサッカーコートのペイントになっていて、隣は「イタリア軒」というラーメン店なんです。なのでテセ氏は、「この店の店主たちはサッカー好きなのか? ライバルなのか?」と興味を持ってくださり、ご夫婦で寄ってくれたんですよ。お客様もいないこの店に…。
そしてテセ氏が一口食べて、開口一番「美味(うま)!」って言ってくれて、その後は週に3〜4回は訪れ、時には一人で来店してくれるようになりました。
テセ氏のオーラや雰囲気は普通の方とは違うので、よく店に来てくれるサッカー部の高校生に見た目を説明すると、「それはテセ選手ですよ」と教えてくれて、そこで正体に気づいたんです。
お忍びで来店されていることもあると思い、こちらからは声をかけていなかったのですが、領収書を出すタイミングで「お名前はチョン・テセとお書きすればよろしいですか?」とお尋ねしたことがきっかけで、交流が始まりました。
それ以来、エスパルスの選手をはじめ、本当に多くのお客様を連れてきてくださいました。
交流が始まってから1ヶ月ほど経ったある日、テセ氏から「SNSなどで宣伝すればいいじゃないですか?」と提案をいただき、僕はそういうのが苦手なのでとお伝えすると、SNSの運用も手伝ってくださることになりました。
テセ氏が店のTwitterアカウントを作り、管理も手伝ってくれた翌日から多くのお客様が押し寄せ、「チョン・テセ選手がアカウントを管理するお店」として話題となり、一気に知名度が広がったんです。
本当に1日でガラッと変わりました。人生というのは、人とのつながりでこんなにも大きく変わるんだなと実感しました。これを皆さんが「清水区すばげてい屋の奇跡」と呼ぶようになりました。
――やりがいと輝き続ける秘訣は?
混んだら混んだで、忙しくてキツかったですね。でも、行列ができるお店というのは自分の理想でしたし、そこを目がけて2年頑張ってきました。
せっかく来てくれた人たちに、もう一回来たいと思ってもらえる一皿を出すしかないし、テセ氏が食べて「美味しい」と言ったものをここで出せなかったら、この先はないなと思いました。
時間がかかろうが何しようが、一皿をとにかく完璧に仕上げて、テセ氏と同じものを食べていただこうという気持ちに切り替えました。自転車のアマチュア時代に培った根性というか、諦めない精神で、とにかく頑張りました。
ミートソースの仕込みは全工程で3日間かかりますし、やりだしたら5時間、6時間とかかるんです。それが、お客様が増えることでその頻度も増えてキツい。
でも、具材を炒めて時間をかけて煮ていると野菜の味が変わってきて、さらに味付けをすることでまた味が変わって、「すばげてい屋」のミートソースになる瞬間が来るんです。それがもう可愛くて仕方ない。
こういうやりがいを見つけられたので、6時間の仕込みも苦にならず楽しんでやっています。
お店が流行っても大変なことはあるんだなというのも経験させていただきましたし、いろんな面での経験が続けられる秘訣になっています。「ここのスパゲティを食べたいよ」と言ってくださるお客様がいらっしゃる限り、作り続けたいという思いはありますね。
――この仕事の醍醐味は?
とにかく来てくださったお客様に満足していただくことですね。そして、いろいろな人とつながっていくことです。
清水エスパルスのサポーターや、エスパルス以外のサポーターの方も(青森から九州まで)来店してくださいます。特に清水エスパルスのサポーターの方々に支えていただいているのが大きいですね。清水エスパルスの選手が来る店だからと、「お店も応援したい」と思ってくださって、本当に温かいなと感じます。
あとは、著名人の方や芸能人の方ともお会いする機会が増えました。今でもプロ野球の菊池涼介選手(広島東洋カープ)が来店してくれているんです。
競輪選手になる前は野球選手になりたいと思っていた時期もあって、菊池選手が来店される前にテレビでプレーを観たら、「なんだこの人のプレー!」となって一発でファンになりました。
そして、菊池選手のお兄さんが静岡に住んでいて競輪好きなんですよ。僕も元競輪選手なので話が合って、家族ぐるみの付き合いになりました。さっきも電話がかかってきて、「今年もバスケットやるんでお願いします」と言われたんですけど、前回あばらを折ってしまったので、「今回はノーサンキューで」と(笑)
これからも、いろんな方との出会いやご縁を深められることが醍醐味ですね。明日は誰に出会えるかな、と。いずれ広瀬すずさんに会いたいな、とか(笑)。そのためにも、常にクオリティを上げていこうという気持ちでやっています。
――お店のおすすめ商品を教えてください
テセ氏が広めてくれたカルボナーラが一番人気ですね。
あとはガーリックミートと、僕が一番最初に食べた、ガーリックが効いたベーコンチーズですかね。
うちの店はとにかくニンニクをたくさん使うので、ニンニク好きな方は本当にハマるというか。
だから、たまに「あそこの店はカルボナーラにニンニクが入っているから、カルボナーラじゃないよ」と言われる方もいらっしゃるんですよ。けど、それが「すばげてい屋」のカルボナーラなんです。
――飲食店経営のおすすめポイント、留意点は?
どの仕事でもそうだと思いますが、やっぱり大変だと思います。ゼロからやるので。
飲食店に限らず自営業は、自分が一番上というか、自分がリスクを負わなければならない立場ですが、その反面、自分のペースでできたり、自分の考えを優先して動ける点はおすすめですね。飲食店は選手に近い部分もありますから。
負うリスクやキツい部分はそのまま自分に返ってきますが、それもまた選手に近い感覚で、自分の考えで行動できることはストレスにならないと思います。
留意点としては、同じものを提供し続けることですね。来るたびに味が違うのは良くない。いつ来ても前回と同じで美味しいというのが理想です。
美味しくなる分にはいいと思っているので、常に自分も外に食べに行って勉強することが大事ですね。あとは、体調不良などで味が落ちてしまうことだけは気をつけないといけないです。
自分は、仮にコロナの後遺症で味覚がなくなったとしても、数値化しているので変わらずに作れる自信はあります。
――現役選手、後輩の方々にセカンドキャリアのアドバイスをお願いします。
どの仕事でもそうだと思いますが、やっぱり大変だと思います。ゼロからやるので。
家族のためにこれだけお金が必要だからと、無理をしてでも収入面を優先した仕事を選ぶのか。それとも、お金は思ったよりもらえないかもしれないけど、会社員として長く続けられる仕事を選ぶのか。いろいろあると思います。
それぞれの価値観があるので一概には言えませんが、セカンドキャリアを続けていくには、自分に向いた職業を選ぶことが大事なのかなと思います。
だから、競輪でできる限り稼いで貯めておいた方が、その後の選択肢は増えるかなと。貯められなかった僕が言うのもなんですが(笑)。そのあたりは本人たちの意思次第ですね。
僕はセカンドキャリアのことを、よく選手宿舎で考えていましたが、それも楽しみの一つでした。
自分は何が得意で、何が不得意なのかを知ることも大切だと思いますし、「こういう仕事もあるんだ」と知っておくだけでも損はないと思います。
辞める時のための楽しみ、というと言い方が変かもしれませんが、ぜひじっくり考えてみてください。
僕の話が、セカンドキャリアを考えるアスリートの皆さんにとって、何かしらのきっかけや気づきになれば嬉しいです。
競輪選手になるまでの苦労や、ご家族とのエピソードからは、その道の険しさと同時に、大きな喜びも感じられました。
特に「選手になれた時は、本当に人生最良の喜びでした」という言葉からは、目標を達成した瞬間の想いが強く伝わってきました。
「人との縁」を大切にされている田代さん。清水エスパルスのチョン・テセ氏との偶然の出会いや、そこから広がったつながりが、お店の転機となったエピソードは非常に印象的でした。人との出会いや関係性が、キャリアやビジネスにおいて大きな影響を与えることを改めて感じさせられます。
また、ご自身の信念を大切にしながら、料理のクオリティに妥協せず向き合い続ける姿勢にも、成功の理由があると感じました。
次回は、チョン・テセ氏おすすめの、ニンニクが効いたカルボナーラをぜひ味わってみたいと思います。ベーコンチーズやガーリックミートも気になるところです。想像しているだけでお腹が空いてきてしまいました。
飲食店を長く続けていくことは簡単なことではありませんが、今後も末永く続いていくよう、Tキャリ一同応援しています。
田代真太郎さん プロフィール
1999年8月7日デビュー(83期)
★選手生活15年 通算成績150勝
2015年7月9日に惜しまれつつ引退
現在は、全国の皆様に愛される「すぱげてい屋」を経営されています。