高橋 幸司さん
現在、経堂で元祖手打ち武蔵野うどん幸(こう)を営む高橋幸司さん。
競輪選手としてデビューから20年…苦労の末、才能が開花したのは、41歳の時でした。
一方、引退後に開業したうどん店では、わずか1年足らずでグルメ雑誌に選ばれるという早咲きの成功を収めます。
一見対照的な二つのキャリア。しかしその根底には、共通する愚直なまでの信念がありました。
アスリート人生で培った「勝つための思考法」は、異業種でどう通用するのか!
――選手になったきっかけは?
両親とも選手だったし、叔父さんも選手だったんで、物心ついた頃には選手にならなきゃしょうがないって感じだったんです。でも、親父が教えられるタイプの人間じゃなかったので、俺が突然やるって言ったら、千葉(修行)に行けと言われまして。当時下宿していたんですが、結局受からなくて 半年で埼玉に戻りました(笑)
――選手時代の思い出、記憶に残っていることや最も達成感を感じた瞬間など
選手生活20年目での初優勝、前橋のS級戦でしたが、やっぱりそれが一番記憶に残ってますよね。初優勝が41歳、そんな人いないもん(笑)
――選手時代、最も苦しかった時期と、それをどのように乗り越えたかを教えてください
デビューしてしばらくは、どうやったら勝てるのか正直よくわからなくて、まるっきり鳴かず飛ばずで20年間ですよ。
今はダメになったみたいですが、当時シートが立ってるフレームに変えてから成績が良くなってきたんです。ちょっとしたことなんですが、人によってはそれでつかむ人もいる。
あとは結婚して子供ができた時に、子供のために頑張ろうと思って。それで考え始めたんです、どうやれば勝てるかな、どういう練習やろうかなって。そしたらちょこちょこ決勝まで進めるようになって。
結局は、悪いことを省いていき、いいことを続けていく…その繰り返しだから。悪いと思ったことは二度としない、でもいいと思ったら何十回でも何百回でも繰り返すのが基本ですね。
素質があっても弱くなっていく選手はそれができないんじゃないかな。
――引退を決意したきっかけは?
落車は30回以上あるけど大きな怪我もなく、俺は落車しても怪我しないんだなと思った時に、それまでやってきた努力だけを続けていれば、 長い間選手続けられると思っていました(笑)
自分のできる限りのことをして、骨折は50過ぎても1回、肋骨1本だけ。そこは助かりましたね。まぁ、最後は色々と思うところもあって、パッパと辞めちゃったんですけど(笑)
――引退後の生活設計についての不安は感じてましたか?
この間、家のローンが終わりまして…二束三文で売っちゃったんだけど、購入した当時は金利も高くて大変な時代でしたよね。
――競輪選手時代から変わらず、大切にしていることはありますか?
一日一日を大事にすることだね。選手の時は、食事とか、練習メニューも自分で決めたり、そういった自己管理はちゃんとしてたからね。
そういう日々を積み重ねていって、1年、10年と経ったら相当なもんでしょう? やってる人とやってない人で大きな差が出るはず。だから俺、41歳で優勝できたんだ。そう思うよ(笑)
「すごいね幸司さん」って言われても、全然何もすごくないよって。日々毎日同じことやって努力してただけだよって感じです。
――もし選手時代にタイムスリップできるとしたら、引退後に向けてどんな準備をしますか?
皆さんに伝えたいことは、選手やりながらでも勉強して資格でも取っておいた方がいいよってこと。
まずは自分の好きなことをやらないと続かないし、うまくいかないと思う。好きなことに関する資格でも取っておいて、それを活かせるならすごい最高だと思う。
実際、「俺こういう資格持ってるからすぐに就職できるんですよ。」なんて言った後輩もいて、すげえなと思いました。頭のいい人、要領のいい人は、いっぱいいましたね、大して強くないけど(笑)
中には、現役の時にアパート建てて悠々自適なセカンドキャリアを迎える人もいましたよ。
――異業種への挑戦! 起業を決意したきっかけ、ご苦労など詳しく教えてください。
舌には自信があったし、器用な方だったから、後は自分の努力次第だと思っていました。
武蔵野うどん専門でやってた「めんこや」に「うどん屋やりたいんだけどどうやっていいかわからなくて」って電話したら、そこの社長がそれならうちで働いてもいいって受け入れてくれて、何事も勉強です。
「田舎っぺうどん」でも修業したんですけど、そこの社長には「飲食店やるんだったら人に使われてちゃダメだよ」って言われて、確かにそうだなと思いました。とにかく、うどん屋を始めて正解でしたね。
――なぜ「うどん」だったのでしょうか? 他の業種は検討されましたか?
「うどんが好きだから」
レースで高松競輪場とか行くと、毎食うどん食べてるくらい。
やっぱり「好きこそ物の上手なれ」じゃないかな。好きなことやってると、いいよね、成長もするし。
ラーメン屋も考えたことがあるんですが、豚骨とか、あの匂いが無理で(笑)
うどんつゆの香ばしい出汁の香りは、いくら嗅いでも飽きないから、やっぱりうどんしかないなと。
――修業時代に特に苦労したことは?年齢的なハンディを感じることはありましたか?
“うどんが好きだから”
レースで高松競輪場とか行くと、毎食うどん食べてるくらい。
やっぱり「好きこそ物の上手なれ」じゃないかな。好きなことやってると、いいよね、成長もするし。
修行始めたのは、確か51歳だったかな。51じゃ全然大丈夫!競輪選手としてはガタが来たけどね(笑)
――オープンしたその年に「東京ウォーカー 2016年の best of 新店」にノミネートされたとか!
知る人ぞと知る「塩味のスープ」を作りましたが、リピーターがすごいことに! あとは、冷たいぶっかけ。ゴマのつゆなど暑い時期ならではのメニューを取り揃えています。メニュー以外にも色んなこだわりを張り紙していますが、常連さんもここはそういう店なんだって、分かってくれている感じがします。
――メニュー開発や日々のご苦労について
某食通タレントがお忍びで食べに来てくれてね。他にもTV番組「モヤさま」に出た時は、お客さんが150人くらい来るようになって、これは一人じゃ無理だと思ってアルバイト雇ってたんですけど、コロナでお客さん減って、それでも今やっと7割くらい戻ったかな。
コロナからは、アルバイトも雇わず、ひとりでお店を回しています。好き勝手出来るし、もう慣れちゃいました(笑)
——埼玉行かなくても東京で美味しい武蔵野うどんが食べられるって嬉しいことですよね
東京で食べられると思わなかったって、感謝されることもありますよ。
自分でもあっちこっち食べ歩いたけど、東京で美味しい武蔵野うどんを出している店ってほとんどない。同じことを言う常連さんもいますね。
——「元選手」という肩書きの活かす機会はありましたか?
自分からは何も言わないようにしてますね。友達や先輩には「食べに来てください」とかも一切言ってない。
本当に実力の世界だし、「元競輪選手の店」としてやってたら、そのうち誰も来なくなっちゃうと思います、間違いなく。
競輪選手にこだわりすぎると何もできない。心をまっさらにして…そう、アマチュア (初心)に戻れるかどうか、これが重要。
飲食に限らず、気持ちを切替えられるかが、生き残れるかどうかに繋がる。
今回の取材で、一番伝えたい大事なことはそれだと思いますね。
ただ、モヤさまに出演した時はここで自転車乗っちゃったから、それを見て興味本位で来る人は結構いましたけど(笑)
——競輪選手時代の経験、培った能力は、今どのように活かされていると思いますか?
やはり「体力」「忍耐力」は、この仕事でも活かされていますね。
——ライバルも多い飲食業界、生き残るための差別化ポイントは?
新しいお店ってどんどんできるんですよ。できると物珍しさから2、3ヶ月はそこに行くんですよね。でも、ちゃんとしたものを作っているとお客さんは間違いなく戻ってきます。
これから飲食店を目指す人は、自分の納得いく良いものを作って欲しいですね。そうすれば、最後は必ず戻ってくる。いい加減に修業して、上辺だけの儲けでやると失敗します。
チェーン店を真似るのではなく、個人店は個人店の良さを出していかないと終わっちゃいますよということですね。
——今の仕事で最もやりがいを感じるのはどんな時ですか? お客さまとの印象的なエピソードは?
コロナ禍の時は、びっくりするくらい本当に人いなくなって。再開して日が経つにつれて、前に来てた人たちが少しずつまた来るようになり、「ご無沙汰してます。すいません、これなくて」って。
それで自分が自信持ったものを出すと、「うまかったです!」って帰っていく人もいる。中には「うんめぇ~!」って叫ぶくらいに絶賛してくれる人もいる。もうそれだけで十分じゃないですか。
——今後の展望、挑戦したいことはありますか?
とりあえず(うどん屋) 90歳までは、挑戦したいですね。そのくらいの体力はできる限り保っていかないといけないので、筋トレ、ストレッチは、選手時代からの習慣で今も続けています。
——色んなご経験をされてきたと思います、一歩を踏み出すコツや覚悟について伺えますか?
一生懸命頑張ることも大事だけど、それ以外のことにも早く気がついて、自分の好きなことを見つけて、一日のうち、ほんの一、二時間でいいから、そういったことに時間を費やせば何かしら得られると思う。
もしやりたいことがあるんだったら、それで食べていけるくらい真剣に取り組んで、資格とかとってみてはどうだろうか。
飲食店の場合、「食品衛生責任者」(※店舗収容人数により防火管理者も)とるだけでいい。ちょっと試験を受ければ受かるんで、あとはもう「修行」だよね。
とにかく、踏み出してみないとわからない。悩んでるんだったらやった方がいい。
券売機の前で悩んでるお客さんもいますけど、もう食べればわかるから押せって(爆笑)
選手の時にも言われたんですが、考えている間にみんな練習して、抜かれちゃうよって。なので、まずは一歩、自分で踏み出しなさいよ。
考えている暇はありませんよ、だって今日、この時間は、今しかないんですから!
——(今だから言える) 若い世代へ、人生を前向きに歩むためのメッセージをお願いします。
年齢は関係ない、自分の思った時にやってみなさい、決して遅いことはないですよと言いたいですね。
俺みたいに40過ぎで初優勝する人もいれば、20代でピークを迎える人もいる。年齢なんか気にする必要ない、自分は自分だから。
勉強することは大事だし、成長することも大事。自分はすごいと天狗になったら、そこで人間終わりだからね。
熟成していくほどに、ちゃんと謙虚になって学んだほうがいい、「実るほど頭を垂れる稲穂かな」ですよ。
高橋さんの言葉は常にシンプルで、力強く、そしてユーモアに溢れていました。
幾度となく語っていた「まずはやってみること」の大切さ。アスリートの世界でもビジネスでも、「悩むより行動」が未来を切り開くと教えてくれている気がします。
今の自分にできるほんの一歩を積み重ねれば、高橋さんのようにきっと新しい景色に出会えるはず。
いくつになっても、どんな場所からでも始められる。それがセカンドキャリアのスタートラインです。
もし今、あなたがキャリアの券売機の前で悩んでいるのなら、高橋さんの言葉を思い出してください。
答えは、ボタンを押してみなければわかりません。
この記事が、あなたの「次の一杯」を選ぶ勇気となれば幸いです。
高橋幸司さん プロフィール
1985年5月 21歳で競輪選手としてデビュー 55期・埼玉所属
★通算成績:2522戦195勝、優勝2回
選手生活約28年8か月を経て、2014年1月に50歳で引退
現在は、東京で元祖手打ち武蔵野うどん幸(こう)の店主として、皆様の来店をお待ちしています!